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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)856号 判決 1963年10月16日

理由

一  控訴人が昭和三四年五月一〇日被控訴人金子アサエに対し金七〇万円を、弁済期昭和三五年四月三〇日、利息月一分五厘、その支払期毎月末日、利息の支払いを一回でも遅滞したときは期限の利益を失い、日歩九銭八厘六毛の割合による遅延損害金を支払う旨の特約をもつて貸与し、右七〇万円を期限に弁済しないときはこれに代えて当然本件土地・建物の所有権を控訴人に移転する旨の、債務不履行を停止条件とするいわゆる停止条件付代物弁済契約を締結し、昭和三四年五月一三日熊本地方法務局受付第五、八六二号をもつて、同土地・建物について控訴人を仮登記権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされたこと、昭和三五年二月二三日被控訴人金子アサエが右金七〇万円の元利金を供託するまで、同被控訴人において、毎月月末までに支払うべき右元金七〇万円の約定金利(利息及び遅延損害金)を支払わなかつたこと、被控訴人合資会社西田硝子店が、前記仮登記のなされた後の、昭和三五年二月二五日被控訴人金子アサエから、本件土地建物を買受け、即日熊本地方法務局受付第四、二二三号をもつて同被控訴会社に対し所有権移転登記がなされたことは、当事者間に争いがない。

ところで右消費貸借契約及び代物弁済に関する契約によれば、被控訴人金子アサエは控訴人に対し、金銭消費貸借の成立した昭和三四年五月一〇日以降元金の弁済期限である昭和三五年四月末日までの一二ヵ月間、元金七〇万円に対する月一分五厘の割合による利息を、毎月その月の月末までに支払う債務を負担しており、債権者たる控訴人から債務者たる被控訴人金子アサエに対し、なんらの意思表示がなくても、支払いを怠つた時から、約旨の遅延損害金債権が生じ、かつこの利息の支払いを一回でも怠つたときは、債権者である控訴人の請求に対し相当の期間内に金利の支払いがない場合は、同期間の経過と同時に、元金七〇万円の弁済期限を昭和三五年四月末日とする期限の利益は失われて、元利金の弁済期到来するものと解すべきであるから、他に特別の事情がなくかつ信義誠実の原則に反しないかぎり代物弁済に関する契約にいう金七〇万円の支払い不履行という停止条件が成就し、本件建物の所有権は、金七〇万円の元利金債務の代物弁済として控訴人に移転し、控訴人は被控訴人金子アサエに対し、前認定の仮登記に基づいて、代物弁済による所有権移転の本登記を請求しうるという法律関係が存在するものと解すべきである。そして(イ) 当事者弁論の全趣旨によると、被控訴人金子アサエは控訴人に対し、弁済の提供をなしたと主張する昭和三五年二月一七日前までは、金七〇万円の元金はもとより、その利息につき、その弁済はもちろん弁済の提供もしなかつたことが認められるので、控訴人は下記(ロ)の事実と相まつて貸付時から数カ月を経た昭和三五年一月末日までには、信義誠実の原則に照らしても被控訴人金子アサエに対し金七〇万円の金利の支払いを請求して、金七〇万円の弁済期限を到来させ、同期限までに支払いがないときは、本件土地建物をその代物弁済として取得しうる地位を有するにいたつたものと認められること。(ロ) 成立の争いのない甲第二号証、被控訴人金子アサエにおいて成立を認め、被控訴会社関係においては、原審証人林田景俊の証言により成立を認める甲第四号証の一ないし四を控訴人が所持すること、原審証人朝野継人の証言、原審被控訴本人金子アサエ尋問の結果を総合して認めうる被控訴人金子アサエは、昭和三四年一二月頃以来生活に困り本件土地建物を処分して代金を取得し、この代金で支払う以外には金七〇万円の元利金を支払う資力がないようになつたこと、一方控訴人は本件土地建物を取得することを熱望し、それゆえに前認定の代物弁済に関する契約を結んだものであること、(ハ) 以上(イ)(ロ)の証拠資料と原審証人林田景俊の証言の一部及び原審被控訴会社代表者西田明の尋問の結果、当事者弁論の全趣旨をかれこれ合わせ考えると、控訴人の請求にもかかわらず被控訴人において相当の期間内にこれが支払いをしなかつたため、少くとも昭和三五年一月末日までには前示元利金の弁済期到来し、このことは被控訴人金子アサエにおいてもつとに了知しており、またこの弁済期は被控訴人金子アサエの懈怠により徒過し、よつて、前認定の債務不履行という停止条件が成就し、本件土地建物は代物弁済により控訴人の所有に帰したことが認められる。この認定に反する証拠は採用しない。しかして被控訴人金子アサエのなしたと主張する弁済の提供並びに弁済の供託は、後記二に説示するとおり、控訴人の代物弁済による本件土地建物の所有権取得の効果についてなんらの影響を及ぼさないので、控訴人は被控訴人金子フサエに対し本件土地建物につき、前示仮登記に基づいて代物弁済による本登記手続を請求し得るにいたつたことが明らかである。

二  被控訴会社に対する請求について判断する。同会社が被控訴人金子アサエから、本件土地建物を買受け前示仮登記の後に、その所有権移転登記を経たことは当事者間に争いがないので、同所有権移転登記は順位において控訴人の経た仮登記に劣後する。また被控訴人らの主張によれば、被控訴人金子アサエが控訴人に対し金七〇万円の元利金の弁済提供をなし、かつその供託をなしたのは、前認定のように本件土地建物につき代物弁済が効力を生じた後のことに属する以上、右弁済の提供及び供託は控訴人の代物弁済による所有権取得の効果について、法律上なんらの消長を及ぼすものではないので、被控訴会社は控訴人に対し、控訴人が本件土地建物につき前示仮登記に基づく本登記手続をなすことを承諾する義務がある。

しかし、被控訴会社は控訴人の請求するように、その経由した本件土地建物の所有権移転登記の抹消登記手続をなすことに同意する義務はないが(この所有権移転登記の抹消登記は、仮登記に基づく本登記をなすとき、登記官吏が職権をもつてこれをなすのである。そして右本登記をなすについては、登記上の利害関係人である被控訴会社の承諾書またはこれに対抗しうる裁判の謄本が必要である。)、控訴人の請求は、要するに、仮登記に基づく本登記手続をなすについて、被控訴会社の承諾を訴求するものと認められるので、被控訴会社にこれが承諾を命じ、控訴人の被控訴会社に対する右認容の限度を越える請求は失当としてこれを棄却する。

三  つぎに控訴人の被控訴人金子アサエに対する建物明渡しの請求について考察する。

前認定のとおり同被控訴人から被控訴会社が所有権を取得し、その所有権取得登記を経た本件建物を同被控訴人において占有することは、同被控訴人の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。そして同被控訴人の建物の占有は被控訴会社の本件建物の所有権に礎定する賃借権もしくは使用貸借による用益権を本権とするものと推認されるのであるが、先に認定したとおり、被控訴会社の同建物についてなされた所有権移転登記の登記順位は、控訴人の経た仮登記の順位に後れるので、控訴人が仮登記に基づいて同建物につき所有権移転の本登記を経由するにおいては、仮登記の効力として、この仮登記に劣後し、もしくはこれと相容れない本件建物上の権利は、控訴人に対抗することができないこと論をまたないので、被控訴人金子アサエの右建物の占有権原は、同建物について、仮登記に基づいて控訴人が本登記を経たときは、その本登記の以後、これを控訴人に対抗し得ざるにいたるものというべきである。したがつて被控訴人金子アサエは控訴人に対し控訴人が本件建物について仮登記に基づく本登記を経由するとともに、本件建物を明渡す義務があるから、主文第三項のとおり判定する。控訴人は仮登記に基づく本登記申請手続をなすと同時に同被控訴人に対し建物の明渡しを求めるのであるが、本登記申請手続をなしたとしても、それによつては控訴人が本件建物の所有権の取得を第三者に対抗し得るものではなく、同申請によつて登記官吏が本登記をなした時からその対抗力を生ずるものである以上、控訴人の請求は一部不当であつて排斥を免れない。

しかして、これは本件建物の明渡しを求める予備的請求に関してもいえることであり、また控訴人の訴旨は主文第三項の程度において明渡しの請求が認容される以上、いわゆる予備的請求についての審判を求めるものでないと認められるので、当裁判所は右予備的請求については判断しない。

四  以上説示のとおり、控訴人の請求を全部排斥した原判決は不当であるからこれを変更し、控訴人の主文第二項同旨の判決を求める新請求を認容すべく、控訴は結局一部理由がある。

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